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東京大学文科3類ドイツ語クラス卒業生の共同ブログです。個々人が、それぞれに思うことを述べていきます。

地方コンプレックスが強すぎてつらい その1

 先日の江藤の記事に見るように、「東大とはいえしょせん文三」というような風潮があること自体は確かにそうかもしれないと思うが、私自身はそのような意見をやや他人事のように感じてしまう。ここでその原因を出身地域と結びつけて考えてしまうのは、私がコンプレックスを意識しすぎるせいだろうか。

 そもそも入学当時から今に至るまで、私は文三であることを理由にした批判に直面した記憶がほとんどない。田舎であれば「文三だろうがとにかく東大」という意識の方が圧倒的に根強いはずだもの。私は田舎の生まれだから、そう感じてしまう。そして、「田舎の生まれだからそう思う」のだと、思ってしまうことをやめられない。

 ああ、地方コンプレックスが強すぎてつらい。

 

 生まれも育ちも東北の地方都市で、大学に入学してからはずっと東京にいる。出身地に関するコンプレックスはもともと私のどこかにあったのだろうが、上京して以来ことあるごとに顕在化するようになった。正確には「上京して」なのか「大学生になって」なのか、あるいは「東大に入って」なのか、どう表現するのが適当なのは判断しかねているが、とにかくそのタイミングでコンプレックスを意識せざるを得なくなることが一気に増えたのは間違いない。

 

 入学したばかりの私だったら「しょせん文三」なんて恐れ多くて言えたもんじゃなかっただろう。大学名の前に、科類の優劣であれこれ言うなどという考えが起きるはずもなかった。文学や歴史にものすごく詳しい人、志の高い人が実際にいるんだろうなと期待していたし、まあそうは言っても私みたいなものもいるくらいなのだから、みんながみんな雲の上なわけでもなく、それなりにてきとうにやっていけるんだろうなという気持ちもあった。

 現実はそんな理想とはまるでかけ離れていた、が仮に事実だったとしても、そんなことはほとんどどうでもいい。致命的だったのは、現実はそうではないんだ、そうじゃないのに期待なんかしちゃって……という、冷笑的な態度が支配的だったことだ。

 そういう態度がスタンダードだった。そういう態度がスタンダードである、という共通認識が既に出来上がっていた。俺は戸惑った。みんなもう少し同じように戸惑っているのだろうかと思ったら、戸惑っている素振りを見せるようなやつを笑うという立場が、取るべきスタイルとして周知のものになっていた。少なくとも自分にはそう見えた。

 そんなこと聞いてねえぞ、大学生とはこーいうもの、ということまであらかじめ知った上で大学にやってくるものだなんて。地方公立高校出の私は、大学より先のロールモデルになる存在が身近になかったし、またあえてそのような情報を得ようともしてこなかった。結局、俺が周囲の態度についていけないのは、世間知らずの田舎者だからなのだ。何も知らないから、誰もしないような非現実的な理想を期待して、一人で戸惑っているのだ。

 

 このへんのことは痛みが記憶に新しいので、まるで客観的な判断を下すことができない。みんなどう思っているものなのか。そんな若気の至りのようなスタイルを真に受けていちいち感傷的になっている私がイタいだけか、それとも、そういう冷笑的な態度もある意味では正論だったと思っているのかしら。

 

 いっぺん仕切り直して続きます。