On the Homefront

東京大学文科3類ドイツ語クラス卒業生の共同ブログです。個々人が、それぞれに思うことを述べていきます。

飲酒事故で亡くなった東大生、高原君のこと

f:id:queerweather:20170715201959j:plain

 

 前回のブログで2012年に起きた東大生の飲酒事故に言及した。

 

queerweather.hatenablog.com

 

  事故に関しては下の記事に簡単にまとめられている。

www.bengo4.com

 

 改めて記事を読むと当時の記憶が蘇って来る。

 僕は高原君の友人だった。その死亡の報を聞いた時、あまりの驚きで、自分が地面にぽっかりと空いた穴に突然入れられたような、あるいは最初から自分は地面に空いた穴に入っていたにもかかわらず、それに突然気付かされたような、周囲からの遊離感覚を覚えたことを今でも生々しく思い出せる。そんな感覚に陥ったのは後にも先にも初めてだった。

 

 一応付け加えておけば、僕は高原君とそれほど親しいわけではなかった。友人というよりは、「知り合い」レベルが正しいだろう。気怠い前期教養学部の日々、移動する生徒らで時に満員電車のように混み合う廊下を、心底嫌になりながら通行する途中、たまたま遭遇すると声を掛け合い、時間があれば二、三の言葉を交わす、そんなものだった。

 しかし、友人の死亡は僕にとって初めてだったことから、当時は激しく狼狽した。

 

 そして、徐々に明らかになったその死のありようもまた、僕にとって衝撃的だった。例えば上に貼り付けた記事では、急性アルコール中毒に陥った高原君が、意識不明の状態のまま放置されたとある。それも失禁により汚れたズボンを脱がされた状態で。

 このような状況を、あらためて今残酷なものだと感じるのである。

 

 この事件の半年ほど前、僕はサークルの夏合宿で激しく飲み過ぎるという経験をした。視界がぐるぐる周り、立つことはままならない。ものを考えようとすると視界の隅を色とりどりの明滅が多い、それらが徐々に視野を侵食して来るため、意識を失いそうになる。

 この状態を抜け出すまでの間、自分の招いた窮地に苦しみ、アルコールの浸透圧で収縮してしまった脳で、僕は必死に死ぬのを怖がっていたし、かつまた同時に、そのような自分を哀れにも滑稽にも思っていた。

 

 このようにはっきりした記憶が残っている以上、今から振り返ると大した状態ではなかったのだと思う。しかしそれでも怖かった。まずいところまで来てしまったと思った。

 

 本題に戻るが、僕はそれをはるかに進めたような状態で放置された高原君は本当に怖かっただろうと思う。いや、もはや彼が正当にもつべき「怖い」という感覚は、それが芽生えたそばから、瞬時にアルコールにより洗い流されてしまっていただろうから、「怖い」と感じることすら叶わなかったかもしれない。

 喧騒から離れた場所に置かれて緩慢に流されていくように死に向かう彼に、誰も気づくことがなかったのは、まごうことなき悲劇だと思う。

 

 ところで、僕は高原君の飲酒事故について、自分しか読むことのない日記、小説、そしてTwitterなどで明示的な形にせよ、非明示的な形にせよ、繰り返し言及してきた。繰り返し言及しながら、また、悲しい出来事に繰り返し立ち帰ることの意味はどこにあるのだろうと考えて来た。

 この種の問いに往々にして与えられるのが、「体験の意味を自分として掴み直すため」という回答である。

 

 繰り返し立ち帰らざるを得ないような体験は、既有の思考の枠組みを背景とした安易な意味づけから逸脱するような重みを持つ体験である。それらは、一旦消化したと思っても、一定の時を経て再び自分の前に新たな問いとともに立ちはだかる。

 そのような出来事に繰り返し立ち帰ることは、安易な意味づけをする自分自身の思考枠組み自体を時間をかけて変容させることを通し、体験を消化しようとする試みなのである。

 

 この説明自体は確かに納得感があるのだが、一方、一旦考えてやっと腑に落ちるというような説明であることだな、と常々思って来た。表現があまりしっくりこない…。

 

 今年の四月にたまたま手に取った大江健三郎のエッセイ「資産としての悲しみ」(1984年)は、この問題に関し、腑に落ちるような説明を僕に与えてくれた。端的に言えば、悲しい出来事に繰り返し立ち帰ることの意味とは、その悲しみと共に生きていくためだ、と大江はいうのである。

 このことに関しては、僕が別にやっているブログに書いたので、興味があれば参照されたい。

 

summery.hatenablog.com

 

 僕は高原君が死ぬことになったこの飲酒事故について、今後も繰り返し立ち帰ることになるだろう。悲しみはそう簡単に消え去りはしないが、それを消そうと蓋をするのでなしに、それについて考え続けることで、むしろ悲しみを深めていこうと思う。

 そうして次第に深まりゆくそれを、手放すことなく大切に持ちながら、僕は僕として生き続けていこうと思う。大変利己的に思われるかもしれないが、僕がそれ以外にできることはないのである。多分。