On the Homefront

東京大学文科3類ドイツ語クラス卒業生の共同ブログです。個々人が、それぞれに思うことを述べていきます。

飲酒事故で亡くなった東大生、高原君のこと

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 前回のブログで2012年に起きた東大生の飲酒事故に言及した。

 

queerweather.hatenablog.com

 

  事故に関しては下の記事に簡単にまとめられている。

www.bengo4.com

 

 改めて記事を読むと当時の記憶が蘇って来る。

 僕は高原君の友人だった。その死亡の報を聞いた時、あまりの驚きで、自分が地面にぽっかりと空いた穴に突然入れられたような、あるいは最初から自分は地面に空いた穴に入っていたにもかかわらず、それに突然気付かされたような、周囲からの遊離感覚を覚えたことを今でも生々しく思い出せる。そんな感覚に陥ったのは後にも先にも初めてだった。

 

 一応付け加えておけば、僕は高原君とそれほど親しいわけではなかった。一つ前の段落で「友人だった」と始めたわりに恐縮だが、どちらかといえば、友人というより、「知り合い」レベルが正しいのかもしれない。しかし、僕の主観では彼は友人だったので、「友人」ということにして話を進める。

 

 気怠い前期教養学部の日々、移動する生徒らで時に満員電車のように混み合う廊下を、心底嫌になりながら通行する途中、たまたま遭遇すると僕らは声を掛け合い、時間があれば二、三の言葉を交わした。

 懐かしい。とてつもなく懐かしい。

 彼が今も生きていたら、廊下ではなく例えば東京駅とかで、お互いスーツ姿で、たまたま遭遇して声を掛け合う、というようなこともあったのだろうなどと思われるが、それがあり得ないことになってしまった。あり得ないことになってしまったことが、僕の中の懐かしいという感覚をいや増しにしているような気がする。

 

 徐々に明らかになった高原くんの死へのありようもまた、僕にとって衝撃的だった。例えば上に貼り付けた記事では、急性アルコール中毒に陥った高原君が、失禁により汚れたズボンを脱がされた状態で、意識不明の状態のまま放置されたとある。

 このような状況を、あらためて今残酷なものだと感じるのである。

 

 この事件の半年ほど前、僕はサークルの夏合宿で激しく飲み過ぎるという経験をした。視界がぐるぐる周り、立つことはままならない。ものを考えようとすると視界の隅を色とりどりの明滅が多い、それらが徐々に視野を侵食して来るため、意識を失いそうになる。

 この状態を抜け出すまでの間、自分の招いた窮地に苦しみ、アルコールの浸透圧で収縮してしまった脳で、僕は必死に死ぬのを怖がっていたし、かつまた同時に、そのような自分を哀れにも滑稽にも思っていた。

 

 このようにはっきりした記憶が残っている以上、今から振り返ると大した状態ではなかったのだと思う。しかしそれでも怖かった。まずいところまで来てしまったと思った。

 

 本題に戻るが、僕はそれをはるかに進めたような状態で放置された高原君は本当に怖かっただろうと思う。いや、もはや彼が正当にもつべき「怖い」という感覚は、それが芽生えたそばから、瞬時にアルコールにより洗い流されてしまっていただろうから、「怖い」と感じることすら叶わなかったかもしれない。

 喧騒から離れた場所に置かれて緩慢に流されていくように死に向かう彼が、その時実際に死に向かっていることに誰も気づくことがなかったのは、悲劇である。ここで用いた「悲劇である」という言葉はあざとく、滑稽であるのだが。本当はもっと正しい言葉があるはずだと思われてならないのだが。

 

 ところで、僕は高原君の飲酒事故について、自分しか読むことのない日記、小説、そしてTwitterなどで明示的な形にせよ、非明示的な形にせよ、繰り返し言及してきた。繰り返し言及しながら、また、悲しい出来事に繰り返し立ち帰ることの意味はどこにあるのだろうと考えて来た。

 

 今年の四月にたまたま手に取った大江健三郎のエッセイ「資産としての悲しみ」(1984年)は、この問題に関し、腑に落ちるような説明を僕に与えてくれた。端的に言えば、悲しい出来事に繰り返し立ち帰ることの意味とは、その悲しみと共に生きていくためだ、と大江はいうのである。

 このことに関しては、僕が別にやっているブログに書いたので、興味があれば参照されたい。

 

summery.hatenablog.com

 

 悲しみを押しつぶすことは難しく、けりをつけることもできない。それから体良く離れたと思った瞬間に、ひたひたと打ち寄せるようなその足音が近づいてくるのを知るものではないか。悲しみから脱したことを祝うその時、実は悲しみは最も近くにあるのではないか。

 そうではなく、悲しみを大切に持ち続け、その悲しみを折に触れて深めていくことが大事だと大江はいう。静かに、ゆっくりと悲しみを深め、深まりゆくそれと一緒に生きていく…

 

 しかし、それはどうやって可能なのだろう。