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東京大学文科3類ドイツ語クラス卒業生の共同ブログです。個々人が、それぞれに思うことを述べていきます。

『窯変 源氏物語』と、平凡な大学院生から見た橋本治

 橋本治『窯変 源氏物語』を読んでいる。

 

窯変 源氏物語〈1〉 (中公文庫)

窯変 源氏物語〈1〉 (中公文庫)

 

 

 『窯変 源氏物語』は橋本治による、『源氏物語』という「原作に極力忠実であろうとする創作」である。

 この小説の中では、語り手=光源氏が自分のことを「私」と名指すため、『源氏物語』が、あたかも源氏の書いた私小説のような様相を呈している

 無論私小説はこの時代には存在しなかったのだから、このような私小説らしさは橋本治の創作によるものだろう。いずれにせよ、この形式のせいか、近現代小説に慣れている私に、橋本の源氏物語は大変読みやすい。

 

 とくに感心させられたのは、「帚木」という章において男性たちの間で繰り広げられた女性のあり方に関するやりとりである。

 例えば一部を引いてみよう。

 

「女の、”これなら大丈夫だろう”というようなのはほとんどいないんだっていうことが、最近になってようやく分かってきましたよ」

 問題は男にあるのではなく女の方で、しかもそれはどれもこれも似たりよったりの顔を持ち、だからこそ「色んなものがある」としか言いようがない−−−頭の中将にとって最大の問題とは、自分がどうあるかではなく、この世にはろくな女がいないという、そのことだった。

 私が捕まえようとして、何をどう捕まえてよいのかよく分からなかった”夜の論理”というものは、いたって簡単なものだった。

 私はまだ知らなかったのだ。男には恥部など存在しないということが、夜の論理を貫く最大の鉄則であるということを。十七歳の私は未だ男であることに不慣れで、それ故に未知の不安を”恥部”として意識していた。

 だから私はその夜、女達の品定めをする男達が恥部というものを意識しないでいる不思議な生き物だということを、初めて知ることになる−−−。

橋本治『窯変 源氏物語』第1巻、中央公論社、1991年、85-86頁)

 

 「帚木」では、このように、中世を生きる貴族の男たちの、女のあり方への洞察と、その男たちの傲慢さを抉り出して見せる光源氏の心内描写とが繰りかえされる。そして、上引用部にあらわれているように、光源氏=語り手は大人の男達のやりとりに参与しながら、内省を深めていくことで、「男」としての自己のあり方を定め、それに向けて自己を方向づけて行く。

 

 このような光源氏=語り手のさまは近代小説に馴致された私の目から見ても十分に面白い。人間性というのは千年前でもそう変わらないものなのだなとはっとさせられる(原文を確認していないので、私が面白いと思う部分は、すべて橋本治による「創作」なのかもしれないが…)。


 また同時に、「帚木」の時点では揺れ動くアイデンティティを持った思春期の少年である光源氏が、これから先10巻以上にもわたる物語において、青年期・壮年期・老年期と順に通過する中でどのような変容を迎え、どのように生きていくのかがとても気になる。
 

橋本治という人

 さて、ここで、話を橋本治という作家本人に移してみよう。数年前から、橋本治という人物が私には気になっている。

 橋本治というのは誠に変わった人である。まず文壇の中での立ち位置が変わっている。本人の言によれば、橋本が書いた本は小説・評論・エッセイと多岐にわたり、その数180点を超えるらしいが、特定の著作が話題に上らない。


 橋本は評論の分野では小林秀雄賞など権威のある賞を受賞しており、小説も若干説教くさい(後述するが、これは厳密には橋本なりのサービス精神なのだろう)が、とにかく読ませる。実力は十分にある書き手である。

 かつまた、現在進行形で盛んに文芸誌に小説を発表したり、新書を書いたりしている。それも、かなり盛んにしているのだ。例えば最近では『知性の顛覆』が出版されたし、雑誌『新潮』10月号では「草薙の剣」という小説を発表している。

 

  

新潮 2017年 10 月号

新潮 2017年 10 月号

 

 

 橋本は決して終わってしまった昔の作家というわけではないことがここからわかる。

 にも関わらず、文芸の世界でも、評論の世界でも、橋本治が話題に上ることは少ない。


 なぜなのだろうか。
 その第一の理由は、橋本という人間の区分けしがたさにあるのだろう。橋本は作家でもエッセイストでも評論家でもあり、そのどれか一つに彼を還元して語ることは出来ない。いうなれば彼は物書きであり、それ以上でも以下でもない。だから、小説を論じる文脈でも、評論について語る文脈でも、橋本を登場させづらいのだ。橋本を登場させると、話が小説や評論といった特定の分野におさまりにくくなる。


 第二の理由は、彼の書くものの性質による。たとえば橋本の評論は、彼自身が述べるように、とりとめのなさを孕む。まとまっていないような印象がある。しかし、一方で全体に一本の筋が通っていないのかといわれれば、筋がないわけではない。
 なぜそのような文章になるのだろうか。これもまた、評論家でありエッセイストでもある橋本の性質によるのであるのだろうし、橋本が何本も並行し、多くの執筆活動を行っているが故のものともいえるだろう。議論を精緻に構造化するには、橋本のようなスタイルでは、時間が足りない。それに、橋本の饒舌でわき道にそれる語り口のよさは、それでは発揮されないのではないかと思われる。


 今私が「まとまっていないような印象がある」と評したため、橋本の著作がわかりにくいように想像する人もいるかもしれない。しかし特にそういうわけではない。鋭敏かつ明快な部分は多くある。それと同じくらい、明瞭にいえるはずなのに何かに遠慮し、韜晦を含む部分もある。
 橋本は自分が商売をやる町人の息子であるから、どうしても多くの人にサービス精神を発揮してしまうと自著で述べている。また、これだけ多くの作品を発表している書き手の言葉とは思えないが、注目されすぎ、偉くなりすぎることで目をつけられることを恐れてもいるらしい。このような、外見から見える派手な仕事ぶりの一方で存在する世間への繊細な気回しが、橋本の単にわかりやすいというわけではない部分(わかりづらいというわけではない)を構成しているのだろう。

 

 この橋本が、老年にいたるまで毎月の返済額が100万円にも上るような巨大な借金をバブル期に作り、それを抱えながら仕事をしていたという事実は、意外といえば意外な話だった。橋本の過剰なほどの多作は、経済的な要請に駆られてのものだったのか…となにやら腑に落ちるような気分になったりもする。
 しかし橋本自身の言を信じるのなら、これは事態が逆なのであって、借金を抱えてしまったから否応無くたくさんのものを書かなければならなくなったというよりは、自分はたくさんのものを書けるし書き続けていけるという確信があったからこそ、借金も出来たということなのらしい。大変羨ましい。書いているとすぐに自分の底が見えてしまう私である。